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2016年12月17日土曜日

遠い夏の思い出

ご諸兄各位殿


鉄路を走る古い赤電車。
木製の床下から響くモーター音と振動、かき消されそうな車掌のアナウンス。

「この電車は常滑行きの特急です・・・停車駅は太田川、尾張横須賀、大野町。
終点は常滑の順に止まります・・・次は太田川、太田川です。」



昭和40年代の後半、小学校は夏休みの早朝。
金山から乗った名鉄電車は常滑行きの特急、座席指定は不要。
神宮前を発車すれば電車は名古屋本線を別れ常滑線に入ります。

当時の名鉄の金山駅は今より東に数百m、JRとは別の駅で名前も「金山橋」。
木造の駅舎と跨線橋。
この金山橋から大野町まで、子供料金が確か130円でした。

小学校の同級生数人と大人は「トクやん」のお母さんのみ。


麦わら帽子と小さなリュックサック、それから水筒を肩から提げて。
手には4.5mのヘラ竿、と言うより「何でも竿」、それに小さなプラ水槽。
放たれた車窓から夏の朝の心地良い風が吹き込んでいました。

・・・冒険の始まりです。



神宮前から次の駅、太田川までは距離があります。

電車はグングン速度を上げて・・・揺れる揺れる、で、踏切毎に警笛を。
子供心にその音、振動にワクワク感を覚えています。

大江、大同町、柴田・・・各駅を通過して天白川を越えると、そこは名古屋市外。
この辺りから聚楽園の大仏さんの袂まで、のどかな田園風景が広がります。

新舞子から電車は海沿いを走り、何となくですが磯の香りが。
そして目的地の大野町に到着です。


常滑は大野町、その昔は尾張藩の港町。
ここは「肝っ玉系」なトクやんのお母さん、その生まれ故郷とのこと。
何となく容姿もキャラも、今の北斗晶に似ていました。

駅を出てから国道を渡り、暫く歩くと海音寺というお寺があります。
その門前に駄菓子屋さんが・・・ここでエサのゴカイを買って。
トクやんのお母さんは顔なじみらしく、駄菓子屋のおばあさんと大声で世間話。

その少し長い井戸端会議が一息つくと、さあ、お待ちかね!
お寺の墓場を通り抜け、その脇から堤防を越えると・・・

夏の青い海と空です。



突き出た港の堤防、その真ん中あたりで皆と陣を張って釣り開始。
竿を延ばして糸を穂先に括り付け。

「みんな、エサは頭の少し下から針を刺して、針が隠れるよう通すんだヨ。」
とトクやんのお母さん。

子供の頃から粗忽で小心、そして欲深な小生。
少しでも遠くへエサが届けば、より良いんじゃないかと考え、糸は竿より長め。
結果、エサの付いた針が衣服に絡みます。

「ほ~れ、糸が長過ぎだヨ。いい?糸は竿より手のひら2つ分短くして。」
懇切丁寧なご指導をトクやんのお母さんから頂きます。

・・・今思うと、
このトクやんの肝っ玉かあちゃんが小生の「初代釣り先生」だったやも。


さすがはそのご子息で経験者、トクやんは既に何匹かハゼを揚げています。
器用な学級委員長、ミズちゃんもそれに続き。
・・・かく言う小生はサッパリ。

「よ~く見てえ、海の底の砂の上。魚が砂から出たり潜ったりしとるに。」
名古屋弁な”先生”の言われるとおり、波間で目を凝らすと、平たいお魚が海底で。
玉浮きの下を長めに調整して、オモリを大きめに交換して。

・・・暫くすると、ブルブルっと竿先から手応えが。
竿を上げると小さなカレイが掛かっていました。


伊勢湾に突き出た堤防、その突端の遙か先の対岸には、うっすらと鈴鹿の山々。
入道雲がまま姿を見せるものの、そこは夏の炎天下の海。
今の自分には堪えるでしょうが、当時は疲れ知らずの小学生、全然へっちゃら。

同級生は皆が小学校の水泳部。
いい加減、黒く日焼けした面々が、この一日でより一層で真っ黒に。


昼下がりの午後、釣りを終え、皆でお寺の横、朝の駄菓子屋さんへ。
記憶では一個5円のたこ焼きを10個ほど、それに冷えたラムネを飲んで。


帰りの電車は運が良く、やってきたのは赤いパノラマカー。
お客は競艇帰りのオジサンがちらほら。

最後尾ですが二階建ての運転席下の展望窓、座ってなんかいられません。
窓の前にあるテーブルに寄りかかり。
後方に吸い込まれ遠ざかる風景、窓上にあるデジタル速度計とにらめっこ。

・・・しばらく皆ではしゃいだあと、
クーラー(当時はエアコンとは言いませんでした。)の効いた車内、
座ってしまうと一気に疲れが出て、皆一様に居眠りを。


「ほら!みんな、起きて起きて!」
トクやんのお母さんが大声で皆を起こします。
眠い目をこすって車窓を見ると、電車は既に神宮前を出発、次は金山橋です。



小学生の頃から精神構造があまり変わらない小生。
今でも夏の朝、渓流釣りに出かける前、あの当時と同じく心揺さぶるワクワク感が。
何なんでしょうね?あの感覚って?
ありきたりの日常から離れ、海とか川とか、チョっと危ない大自然を前にすると。
小生、何かが心の底の方で疼くんです、ハイ。


・・・皆で駅から歩いて家路に。
その足が異様に重たかったことを、今でもしっかりと覚えています。


*写真は夏の弓掛川。