鉄路を走る古い赤電車。
木製の床下から響くモーター音と振動、かき消されそうな車掌のアナウンス。
「この電車は常滑行きの特急です・・・停車駅は太田川、尾張横須賀、大野町。
終点は常滑の順に止まります・・・次は太田川、太田川です。」
昭和40年代の後半、小学校は夏休みの早朝。
金山から乗った名鉄電車は常滑行きの特急、座席指定は不要。
神宮前を発車すれば電車は名古屋本線を別れ常滑線に入ります。
当時の名鉄の金山駅は今より東に数百m、JRとは別の駅で名前も「金山橋」。
木造の駅舎と跨線橋。
この金山橋から大野町まで、子供料金が確か130円でした。
小学校の同級生数人と大人は「トクやん」のお母さんのみ。
麦わら帽子と小さなリュックサック、それから水筒を肩から提げて。
手には4.5mのヘラ竿、と言うより「何でも竿」、それに小さなプラ水槽。
放たれた車窓から夏の朝の心地良い風が吹き込んでいました。
・・・冒険の始まりです。
神宮前から次の駅、太田川までは距離があります。
電車はグングン速度を上げて・・・揺れる揺れる、で、踏切毎に警笛を。
子供心にその音、振動にワクワク感を覚えています。
大江、大同町、柴田・・・各駅を通過して天白川を越えると、そこは名古屋市外。
この辺りから聚楽園の大仏さんの袂まで、のどかな田園風景が広がります。
新舞子から電車は海沿いを走り、何となくですが磯の香りが。
そして目的地の大野町に到着です。
常滑は大野町、その昔は尾張藩の港町。
ここは「肝っ玉系」なトクやんのお母さん、その生まれ故郷とのこと。
何となく容姿もキャラも、今の北斗晶に似ていました。
駅を出てから国道を渡り、暫く歩くと海音寺というお寺があります。
その門前に駄菓子屋さんが・・・ここでエサのゴカイを買って。
トクやんのお母さんは顔なじみらしく、駄菓子屋のおばあさんと大声で世間話。
その少し長い井戸端会議が一息つくと、さあ、お待ちかね!
お寺の墓場を通り抜け、その脇から堤防を越えると・・・
夏の青い海と空です。
突き出た港の堤防、その真ん中あたりで皆と陣を張って釣り開始。
竿を延ばして糸を穂先に括り付け。
「みんな、エサは頭の少し下から針を刺して、針が隠れるよう通すんだヨ。」
とトクやんのお母さん。
子供の頃から粗忽で小心、そして欲深な小生。
少しでも遠くへエサが届けば、より良いんじゃないかと考え、糸は竿より長め。
結果、エサの付いた針が衣服に絡みます。
「ほ~れ、糸が長過ぎだヨ。いい?糸は竿より手のひら2つ分短くして。」
懇切丁寧なご指導をトクやんのお母さんから頂きます。
・・・今思うと、
このトクやんの肝っ玉かあちゃんが小生の「初代釣り先生」だったやも。
さすがはそのご子息で経験者、トクやんは既に何匹かハゼを揚げています。
器用な学級委員長、ミズちゃんもそれに続き。
・・・かく言う小生はサッパリ。
「よ~く見てえ、海の底の砂の上。魚が砂から出たり潜ったりしとるに。」
名古屋弁な”先生”の言われるとおり、波間で目を凝らすと、平たいお魚が海底で。
玉浮きの下を長めに調整して、オモリを大きめに交換して。
・・・暫くすると、ブルブルっと竿先から手応えが。
竿を上げると小さなカレイが掛かっていました。
伊勢湾に突き出た堤防、その突端の遙か先の対岸には、うっすらと鈴鹿の山々。
入道雲がまま姿を見せるものの、そこは夏の炎天下の海。
今の自分には堪えるでしょうが、当時は疲れ知らずの小学生、全然へっちゃら。
同級生は皆が小学校の水泳部。
いい加減、黒く日焼けした面々が、この一日でより一層で真っ黒に。
昼下がりの午後、釣りを終え、皆でお寺の横、朝の駄菓子屋さんへ。
記憶では一個5円のたこ焼きを10個ほど、それに冷えたラムネを飲んで。
帰りの電車は運が良く、やってきたのは赤いパノラマカー。
お客は競艇帰りのオジサンがちらほら。
最後尾ですが二階建ての運転席下の展望窓、座ってなんかいられません。
窓の前にあるテーブルに寄りかかり。
後方に吸い込まれ遠ざかる風景、窓上にあるデジタル速度計とにらめっこ。
・・・しばらく皆ではしゃいだあと、
クーラー(当時はエアコンとは言いませんでした。)の効いた車内、
座ってしまうと一気に疲れが出て、皆一様に居眠りを。
「ほら!みんな、起きて起きて!」
トクやんのお母さんが大声で皆を起こします。
眠い目をこすって車窓を見ると、電車は既に神宮前を出発、次は金山橋です。
小学生の頃から精神構造があまり変わらない小生。
今でも夏の朝、渓流釣りに出かける前、あの当時と同じく心揺さぶるワクワク感が。
何なんでしょうね?あの感覚って?
ありきたりの日常から離れ、海とか川とか、チョっと危ない大自然を前にすると。
小生、何かが心の底の方で疼くんです、ハイ。
・・・皆で駅から歩いて家路に。
その足が異様に重たかったことを、今でもしっかりと覚えています。
*写真は夏の弓掛川。