2020年12月5日土曜日

師走の出来事あれこれ

 

海釣りはやらない小生ですが、こんな話を聞いたことが・・・


浜辺で水難にあった方や、磯で身投げをされた方、
その人たちが必ず行きつく「入り江の洞窟」があるそうです。

きっと潮の流れの加減なのでしょう。
付近の海中・海面を漂う、全てのものが集まる怖い場所。

実は・・・
そんな奇々怪々なポイントが、我が家にもあるのです。


そこは・・・玄関先の駐車場。

家内のヴィッツと玄関の縁台、それが作り出す谷間でして、
シーズン中はミミズさんのお世話をしている場所でもあります。


丁度、上の写真ではバケツと青い飼育箱の前、
少しだけ小生の靴とヴィッツが写り込んでいる、ここです。


もちろんですが、水も無いこんなところに水難者が流れ着くハズもなく、
しかし冬場の風の強い日には、路上にあった諸々が流れ着くンです、ハイ。

そして、あろうことか、この我が家の「入り江の洞窟」、
見事なまでに、現代社会は昨今の風潮を映し出すのです。


流れ着く大部分は枯れ葉。
でも、まま・・・

飽食の時代は買い食いされたお菓子の袋、
加えて、ナゼか、ハンバーガーの包紙も。

ご近所のポスト、そこからこぼれたチラシにタウン誌、
昨年まで多くて今年は見ないもの、それはコンビニ袋です。

そして、本日に至っては・・・


・・・これは、いけませんね。
今では「超」の付く危険物、笑えません。

注意深く、燻製作業は木炭をつかむトング、それで掴んでゴミ箱へ。


朝一番で駐車場と箱庭の掃除をした後、
晴天の本日は物置小屋のペンキ塗りをしました。

2~3年前にも塗装をした物置小屋。
その時はお手軽にスプレー缶を使用したのですが、
重なる月日は早いもの、既に屋根にはサビが浮き始めています。


いつも暖かいご指導・コメントを頂けるアサシンさんからは、
下処理の重要性、サビは除去してサンド・ペーパーで馴らすこと、
斯様に親切なアドバイスを頂いたのですが・・・ごめんなさい。

ずぼらな小生、今回もまた、見事なまでの「手抜き工事」です。


お金にモノを言わせるようで、いやらしく(笑)、結構なお値段の塗料でした。
それでも、少しくらいは根気を出して、屋根の水拭きから始めます。

職場は工場の作業着に着替え、高所用ヘルメットを被って、
風体だけはプロらしく、脚立から物置小屋の屋根の上へ。


一通り水拭きが終わった時点がお昼時でした。
ゆっくり、昼食を食べて、
まったり、お昼寝をして、
水分が乾いたであろう時分を見計らい。

しかし、そこは粗忽者の日曜大工はDIYです。
塗料缶の蓋をドライバーでこじ開ける際、
手元が滑って刃先がグサっと・・・


何のこれしき、傷は浅い!
作業続行です。

もうすぐ夕方、2時間ほどかけて・・・
嗚呼、腰が痛い。


しかし、それなりに・・・
ツヤ有のアイボリー、それが冬の夕日に映えます。


多少、ムラがありますが、素人のハケ塗りです、そこはご勘弁を。


明日もお天気は良さそうです。

釣り具を干す木製の縁台に箱庭のラチェス、
こちらは水性塗料で済ませますか、明日にでも・・・


慌ただしい師走は年の瀬です。

「入り江の洞窟」に流れ着いていた白いマスク。
お出かけはなるべく控えて、ご用心、家で過ごす週末であります。


<渓流写真は初秋、飛騨 日和田川&秋神川から>














2020年11月29日日曜日

玉野渓谷と愛岐トンネル群

 

中央本線 定光寺駅は山の中腹、そこに張り付くように設置されています。


毎年での小学校の春の遠足、その行先はここ定光寺でした。

金山から普通列車に乗って高蔵寺を過ぎる頃、
それまで民家や田畑が中心であった風景は、山が迫り渓谷に入ります。

初めての長いトンネルを抜け、眼下に玉野川(庄内川)が流れる駅、
それが定光寺です。


最近になって知ったのですが、
小生の記憶にある定光寺駅、そして中央本線は元来からのものではなく、
小生が生まれた翌年に出来たものだそうです。

明治33年開通時の路線・トンネルはその時に廃線となり、
しかし今でもその一部は現存して、春と秋の年2回で公開されています。

今週末はその公開に合わせ、廃線跡のトンネルと玉野渓谷を訪れました。


パンフではJRによる来訪を推奨、自家用車はご法度な様子です。

しかしながら・・・
今の小生の自宅からJR中央本線の利用、それははなはだ便が悪くて。
名鉄で名古屋の大曽根、またはバスで春日井・勝川を経由?
直線距離では定光寺まで、ほんの12kmなのに??

さて、どうしたものか・・・
いや、待てよ、そう言えば!


久しぶりですが、こいつで、行ってみますか。
空気を入れて、油を差して、そして充電して。

如何ともし難いのは、我が体力とお尻の強度だけ・・・
しかし、まあ、何とかなるでしょう。
若いカップルの白いクーペに跳ね飛ばされないよう!


自宅を出てまずは尾張広域緑道をR155まで南下します。
桃花台を抜ける方が距離は短いのですが、そのルートはなにせ坂が多くて。

電動アシストですが、古いバッテリーは直ぐも電力が枯渇、
アシストは、ここ一番、の短区間での「上り坂」のみにて。


エイこらと、ペダルを漕ぎ続ける事を約2時間。
車体・体力・お尻、ともに問題なく??定光寺駅に到着です。


久しぶりに見る玉野川。
子供のころは気づきませんでしたが、
ここを見る限りでは渓流釣り、こりゃ、イケるンじゃないの?
・・・とても良い渓相をしています。

橋から反対側、下流方面を眺むれば・・・


少しおっかない感じ、窓ガラスは全壊の廃墟旅館が。
ここも時代の流れを感じます・・・

さあ、自転車を置いて、ここからは徒歩にて、定光寺駅へ。


駅の階段登り口から更に数百m、廃線跡・トンネル群への入り口です。


トンネル保存の由来を拝読します・・・なになに・・・


開通当時の名古屋~多治見間、駅はたったの5つのみ。
我が郷里の金山駅なぞ存在せず、もち、ここ定光寺駅もなし。
意外にも春日井駅も無かった・・・
当時は勝川の方が開けていたのでしょうかね?
しかし、そんな駅数で、果たして集客力はあったのでしょうか?

急階段を上り、いざ、廃線跡へ。
見えてきました、最初のトンネル入り口です。



当時のバラストが転がるトンネル内、暗くて歩きにくいです。
しかし・・・とても、おしゃれな、演出が。


トンネルの出口を塞ぐように映える木々。


小生が生まれた翌年に廃線となったトンネル群。
と言うことは、この木は小生とほぼ同い年、干支は蛇年のおとめ座??

廃線の横を流れる玉野川。
晩秋の玉野渓谷、紅葉がとてもきれいです。





廃線と共に新線が開通。
今ではこの奥の山の中、もっと長いトンネルを列車は走っています。


新線と共に名古屋~瑞浪間は電化・複線化がされたようです。
この旧線は単線の無電化仕様・・・
壁内にこびり付いた黒いススが、当時を旅情を物語っています。


尾張平野から多治見の盆地へ至る経路としては、
・内津峠を越えてのR19と中央道
・瀬戸市を抜けるR248
・犬山市は今井から可児市へ抜ける県道
それからこの玉野川に沿う中央本線に愛岐道路と、
標高は高くもない山々ですが、美濃と尾張の国堺、行ける道は限られています。


・・・裏道としては徒歩・自転車のみが通行可能、
五条川沿いは八曽を経由する東海自然歩道もありますが・・・

急こう配は禁物の鉄路となると、やはり川沿いはこの愛岐ルート、
ここに中央本線は敷かれたのでしょう。


名古屋を経って、初めての難所は玉野渓谷。


足場が悪く薄暗い廃トンネルを幾つか越えて、
渓谷美、紅葉を楽しみながらの小一時間、とうとうやってきました県境へ。

愛岐トンネルの公開区間もここまでです。


最後の6号隠山トンネルは333m、長かったです。



さあ、ここから折り返し。
お昼ご飯を頂いてから、今来た廃線・トンネル群を定光寺駅に向け戻ります。


しかし玉野川は、見るからに結構な渓相、ほんとに釣れないのかな?


もうすぐで公開区間の出口、駅の手前で河原に降りられるポイントが。
これを好機と捉えて。



近づいてみると判るのですが、こう、なんと申しましょうか・・・
拙い我が渓流釣りの経歴ですが、その第六感が言うのです。

「いや、これ、ちょっと、違うな・・・」



何の根拠を持って、そう言わしめるのか、理由は定かでは無いのですが。
・・・コイ科はともかく、マス科の渓流魚は、釣れそうに、ありません。



廃線・トンネル群と玉野渓谷を楽しんだ後、再び、電動チャリで帰路に着きます。


写真で見ると何とも無い、下り・登りの坂道ですが、
往路で2時間の自転車漕ぎ、トンネル訪問で1時間の徒歩、
50代の坂を転げ落ちるおやじ、そんな彼にはこれ、大変なんです。

下りでは回生充電、登りでは電動アシストを。
それでも、ご主人と一緒、「死にかけ」バッテリーはみるみる電力を消費。

加えて、午後からは北西の風も吹き出して・・・


来シーズンに向けての体力維持を兼ねての運動です。
事故も無く、お尻も無事!?

しかし、長い旅路となりまして候(そうろう)。















2020年11月23日月曜日

スローに映る出来事

 


・・・あくまでも、経験談ですが。

人は自分の身に危険を感じると、
目の前の物事をスローモーションのように感じます。

この感覚には名前がある様で、何でも「タキサイキア現象」と言うようです。


現在でもこの現象については研究が為され、一説には危機を感じた瞬間に血圧が上がり、ホルモンの一種はアドレナリンが急激に分泌、全ての動きがゆっくりに感じるようです。

恐らくですが、
本能的にスローに感じることで、その危機を身をもって回避する為なのでは?



・・・遥か昔は小学校4年生のときです。

名古屋金山のダイエー(現イオン金山店)からたも網を買っての帰宅時、
R19は九丁堀の交差点を当時は元気いっぱいな少年であった小生、
交通ルールは何のその、見事なまでの自転車による斜め横断を。

「スイッチ」が入ったのは左折する車、それを認識した時でした。

目の前へ高速で、しかし、感覚的にはスローで迫る白のクーペ。
車内には運転手の若いおにいさん、その助手席にはおねえさんが。

・・・恐らくは、ドライブ・デートの途中だったのでしょう。
楽しい時間のハズのお二人には、小僧がヤラかす迷惑千万な出来事、
フロント・ガラス越し、びっくりから引き攣り顔への変化は今でも鮮明に。


事故の衝撃でポ~ンと宙を舞う小生。

その後は引力による自由落下、しかし、ゆっくりと迫るはR19のコンクリ舗装、
どうでしょう、着地後にはその上を数回ほど転がったでしょうか・・・

直ぐに身を起こすと、
乗っていた自転車はグチャグチャ、
むなしくも車道にはポツンと残るたも網が、
おにいさんの乗用車もバンパーが大きくへこんで。

しかしながら、
小生は膝にほんの擦り傷だけ・・・誠に、悪運が強し!
それでも万が一を考え、今でも人生で一回こっきり、救急車に乗せられ病院へ。

検査と赤チン治療の後は、薄暗い病院の待合室にて、
やつれたおにいさんの横、おねえさんが泣いていました。
そのまた横で、小生に向け激高・カンカンなるは我が母親が・・・


つい最近では・・・
粗忽者の織りなす所業です、渓流釣りでは事を欠きませんね。

痛かったのは奥三河 段戸川釣行でした。
苔むした傾斜のある平らな沈み岩の上、見事に滑ってしこたま腕を岩角で強打。


スベる!
と思った瞬間から、スイッチ・オン!
世界の全てが「♬スローのブギに、してくれよ♬」。

一瞬の出来事のハズなんですが、
視線は徐々に、川から樹木に、それから青いお空へと・・・
背中から沈み岩の平面に倒れこみ、咄嗟に柔道の「受け身」を取りました。

・・・シマノさんに申し訳ないですが、それ以降、
ウエーディング・シューズの靴底はピン・フェルトから全フェルトに交換です。



今年の夏も・・・
釣行後は馬瀬川上流は大原~楢谷のV字谷、その土斜面を登る際でした。

ウエーディング・シューズは全面がフェルト底。
水中の岩面には有効な滑り止めですが、斜度のある土面には無効果です。
毎度の如くは生い茂る熊笹、それをグワシっと掴んでの退渓。

もちろん、粗忽者は粗忽者なりに、慎重に歩みを進めるのですが、
ひょいと手にした細木、腕越しに体重をかけたときは手遅れ、
気付くは枝先には葉の無い、それは全くの枯れ木でした。


アカン!
と思った拍子にスイッチがオン。
メモリーに伝送される画像ビット・レートは急激に上昇。

まず手元の細木が折れて、次いで足元がズルり。
目の前に土斜面が迫り、刹那に全てがゆっくり後退していく風景が。
腹ばいになった状態で急斜面をズルズルと・・・

幸いにも2mほど滑り落ちたところ、そこに熊笹の群生があり停止しました。

・・・この日の釣行、釣果はとても良かったのですが、
竿の穂先も折れて、衣服はどろどろ、散々でした・・・


しかし振り返ってみると、
大昔の自動車事故の方が、最近の渓流での危機より鮮明な記憶です。

もっとも・・・
長い人生の時間の中、何度も繰り返しは思い出しての出来事です。
そんな理由から、幼少の記憶の方が明確に残っているのでは?

いや、きっと思い返しているうちに、
何か所かの細かな記憶は脚色・追加されていることも?


いずれにしても・・・
仮にタキサイキア現象が自身の身を守る本能的な能力ならば、
若くて先の長い、幼少・青年期にはより発揮され、
老い先短い中年期では、残念、その効果が乏しいのかも。


大きなケガはなく無事に過ごせた今シーズン。
来シーズンに向け、事故のない、安全・無事な釣行を願うばかりです。

・・・さて、本日も良いお天気!
体力維持に歩いてきますか、また、ご近所でも。


<渓流風景はその段戸川・馬瀬川から>